【通りすがりの思い出語り】日本ダービー②

どうも、通りすがりです。

 

ダービーの行われる東京競馬場の直線は長いため、他の競馬場に比べて逃げ切るのが難しいと思われますが、実際にダービーでは逃げ馬による勝利は非常に少ないです。

調べてみましたが、最後にダービーを逃げ切って勝ったのは27年前のサニーブライアンまで遡らなければなりません。

実は、私の記憶の中では2009年のロジユニヴァースや2019年のロジャーバローズも逃げ切り勝ちだった気がしていたのですが調べてみたら違いました。

両馬とも番手から直線で先頭に出ての押し切り勝ちだったので、記憶の中でいつのまにか逃げ切り勝ちに変わっていたのかもしれません。

 

話が若干逸れましたが、そんな最後にダービーを逃げ切り勝ちをしたサニーブライアンですが、デビュー後は勝ったり負けたりを繰り返すような戦績でそれほど目立つ馬ではありませんでした。

弥生賞で3着に入り皐月賞への優先出走権を取りましたが、その後なぜか中2週で別の皐月賞トライアルである若葉ステークスへ出走してきます。私の記憶では太りやすい体質だからという理由だったように思います。

その若葉ステークスでは弥生賞3着の実績を買われ一番人気となりますが、直線伸びずに4着と敗退してしまいます。

そのため、本番の皐月賞では11番人気とまったく人気がありませんでした。鞍上の大西騎手もローカルでよく乗っている騎手のイメージでそれまでG1での勝利はありませんでした。ただサニーブライアンにはデビューからずっと大西騎手が乗っており、その点では馬のことをよく理解できている騎手が乗っている強みがあったかもしれません。

レースではスタート直後に他の馬に先手を取られるも、向こう正面で強気に早め先頭に立ち逃げの形となるとそのままゴールまで他の馬に先頭を譲らず、見事皐月賞を勝利しました。

ただ逃げ切り勝ちであったためその勝利をフロック視する人も少なくなく、次走となるダービーでも6番人気でした。

(余談ですが、皐月賞のあと、ダービー前にダービートライアルを使うのではという話が合った時にはさすがに無謀だと思いましたが、結局使われることはありませんでした)

ダービーでは皐月賞に引き続きまた大外枠となりましたが、やることは一つとばかりにスタート後にダッシュを決め先頭に立つと、再びゴールまで先頭を譲らず、見事ダービーを制して2冠馬となりました。

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ダービー後はもしやの3冠目も期待されましたが、故障により長期休養、結局そのまま引退となり、ダービーを最後にターフを去ることとなったのは非常に残念でした。

皐月賞とダービーで負かした相手にはメジロブライトやシルクジャスティスなど後のG1馬がおり、その実力は間違いなく本物だったと思います。その後も無事であれば希代の逃げ馬としてさらなる活躍を見せていたかもしれません。

 

最後になりますが、サニーブライアンには私個人的にもある種の思い入れがあります。ある種と含みを持たせた表現になりましたが、実はサニーブライアンが勝った皐月賞で私は馬連で万馬券を的中させました。と言っても、私が買った馬券の中心は2着となったシルクライトニングで、私は悩みに悩んだうえ、人気薄から総流しの格言に従ってシルクライトニングから馬連総流しで馬券を買ったのです。(シルクライトニングはサニーブライアンよりは人気がありましたがそれでも10番人気でした)

ですので、結果的にですがサニーブライアンは私に万馬券をもたらせてくれた馬ということになります。ただ、次のダービーでは万馬券を取らせてくれた馬としてサニーブライアンではなくシルクライトニングから再び買うつもりでいました。

ですがシルクライトニングは残念ながら競争除外となってしまいました。本来であれば流れ的にはここはサニーブライアンから買うべきだったのですが、私はさすがに再度の逃げ切り勝ちは難しいと判断し、シルクライトニングと同馬主で同じ種牡馬の産駒であるシルクジャスティスから馬券を買うことにしたのです。しかもシルクジャスティスは人気だったため、総流しという買い方もできずにサニーブライアンを外した馬券を買ってしまったのです。

レース後は自分の薄情さを呪ったものです。