どうも、通りすがりです。
現在、日本ダービーの最多勝利は武豊騎手の6勝です。次点が福永騎手の3勝なので、この6勝という数字が如何に凄いかがわかります。
第65回 1998年 スペシャルウィーク
1998年 日本ダービー(GⅠ) | スペシャルウィーク | JRA公式 - YouTube
第66回 1999年 アドマイヤベガ
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第69回 2002年 タニノギムレット
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第72回 2005年 ディープインパクト
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第80回 2013年 キズナ
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第89回 2022年 ドウデュース
2022年 日本ダービー(GⅠ) | ドウデュース | JRA公式 - YouTube
私が個人的に印象に残っているのがスペシャルウィークで勝ったダービーです。
意外ですが、デビュー後若くして数々のビッグレースを制していた武豊騎手でも、なかなかダービーに勝つことができませんでした。とくにダンスインザダークは勝ったと一瞬思ったほどの競馬だっただけに、本人はどう思っていたかはわかりませんが、周囲はやきもきしていたと思います。
そして、ついにダービーを勝つことになるスペシャルウィークと出会うのですが、皐月賞では3着に敗退してしまい、ダービー制覇に暗雲が立ち込めます。
同期のライバルは皐月賞を勝ったセイウンスカイ、皐月賞で2着の世界的良血のキングヘイローと、それぞれ後にG1を勝つ強豪でしたが、ダービーでは直線外目から先頭に立つと、2着となるボールドエンペラーに5馬身差をつける圧勝、正に完璧と言える競馬でついに念願のダービーを制覇することとなりました。
ただ、私はこのスペシャルウィークが勝ったダービーよりも印象に残っている武豊騎手のダービーがあります。それは武豊騎手が負けたダービーとなるのですが、それが2000年のダービーです。
この年は武豊騎手はエアシャカールの主戦騎手としてクラシックを闘い、皐月賞1着、ダービー2着、菊花賞1着と2冠を制しています。エアシャカールはダービーだけ2着という結果から準三冠馬などと呼ばれることもあります。
そしてその唯一2着に負けたダービーですが、ハナ差と際どい勝負の末でした。
このダービーを勝ったのはアグネスフライトですが、主戦の河内騎手はこれが初のダービー制覇となりました。河内騎手はそれまでも多くのG1を勝っていたのですが、牝馬の河内との異名を取るほど牝馬での成績がよく、それまでダービーとは縁がありませんでした。また河内騎手は武豊騎手とは兄弟弟子という関係でありました。
そんな二人がダービーの舞台でゴール前での激しいデッドヒートのすえ、兄弟子である河内騎手が勝利し初ダービー制覇となる。まるでドラマのようなレースだと思います。
穿った見方をすれば弟弟子である武豊騎手が兄弟子である河内騎手に勝利を譲ったのではと思う方ももしかしたらいるかもしれませんが、勝負の世界で生きる騎手に絶対にそのようなことはないと断言できます。レースを見ていただければ理解していただけるかと思いますが、ゴール前、懸命に馬を追う武豊騎手の乗るエアシャカールに、こちらも懸命に追い一完歩ずつ差を詰める河内騎手のアグネスフライトがついに追いつき、ゴール直前で二人の姿が重なる瞬間には美しさすら感じてしまいます。
エアシャカールとアグネスフライトの2頭ともクラシックの闘いで燃え尽きてしまったのか、古馬になってからは1勝もできずに引退することになるのですが、先日ご紹介したウイニングチケット同様、アグネスフライトは河内騎手にダービーを取らせるために生まれてきた馬だったのかもしれません。